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コーヒー豆をハッキングする

イギリスコーヒーの歴史を変えたコーヒーハウスについて

僕が学生時代にスターバックスでアルバイトをしていた際には、よくスターバックスは「サードプレイス」として、お客さんにとって家でも仕事場でもない“第三の居場所”としてくつろげる空間にしようと言われていました。

多くの人にとってカフェはただコーヒーを飲むだけの目的で行くのではなくて、友達との会話を楽しんだり、初めてデートする女の子に気に入られるために面白い話を披露したり、コーヒー以外の他の目的もあると思います。

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かつてヨーロッパで大ブームになった「コーヒーハウス」もまさにそれと同じで、ただコーヒーを楽しむだけではなく、人々の交流を促してそこから文化が発達しました。また文化だけでなく、情報交換の場として政治的にも経済的にも大きな役割を果たしました。

ジャーナリズムや保険などコーヒーハウスから多くのものが考案され、それらは今でも世界経済を支えています。今回はそんなコーヒーハウスについて詳しく見ていこうと思います。

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コーヒーハウスとは何か

そもそもコーヒーハウスとはひとことで言うと、17世紀〜18世紀にかけてイギリスで大ブームになったカフェで、コーヒーを広めたと同時に社交の場としても社会的意義の大きな存在でした。

それまで存在すらほとんど知られていなかったコーヒーという飲み物を17世紀のイギリスで提供し、現在でも根付いているコーヒーを飲む文化の基盤を作り上げました。当時は謎の苦い黒い液体であったコーヒーがここまで広がった要因としてコーヒーハウスの要因は大きいと考えられます。

また、コーヒーハウスはただコーヒーを提供する場所としてだけではなく、真面目な人からチャラい人まで、いろんなタイプの人たちが集まる社交場としても機能し、情報交換の場所としても重宝されました。

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実際に、コーヒーハウスから新聞などのジャーナリズムが発展し、株式取引や郵便制度もコーヒーハウスをベースとして発達していきました。現在のようにネットの発達していない当時は、新鮮な情報が手にはいるコーヒーハウスは、文化、政治、経済のすべての分野においての要所だったのです。

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モカシダモなどエチオピア産コーヒー豆の特徴-コーヒー発祥の地





コーヒーハウスの歴史

そもそもコーヒーの発祥地はヨーロッパではなくイスラム圏でした。諸説ありますが、エチオピアがコーヒーの発祥地として知られており、隣国のイエメンなどでコーヒーは発達していきました。

エチオピアとイエメンを中心にイスラム圏で飲まれていたコーヒーは、16世紀頃からヨーロッパでも知られるようになり、初めのうちはエキゾチックで謎な飲み物としてヨーロッパでも広がっていきました。

ヨーロッパで初めてのカフェはイタリアのヴェネツィアにあるカフェ・フローリアンと言われており、その後もイタリアではいくつものカフェが誕生していきました。イタリアでのカフェの登場は少しずつ他のヨーロッパ諸国にも広がっていきました。

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カフェ・フローリアンとは何か-世界で最も古いカフェ

イギリスで最初のカフェは1650年にオックスフォードで開業され、1652年にはロンドンでもカフェが誕生しました。ロンドンのカフェはダニエル・エドワーズという商人が召使いのパスカ・ロゼにカフェを開かせたのが最初であると言われています。

これがイギリスにおけるコーヒーハウスの始まりであり、多くのコーヒーハウスが登場して、1714年には8000を超えるコーヒーハウスが登場し、人々の生活に欠かせないものになりました。

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コーヒーハウスは反政府派における情報交換の場としても活用されていたために、途中で政府による規制や閉鎖令なども受けました。そのような苦難を乗り越えたものの、18世紀後半になると紅茶に人々の関心がシフトしていきました。

また他のクラブが登場したために、コーヒーハウスは衰退していき、中にはコーヒーハウスから酒場や宿屋などへと業種転換していくお店も多くありました。

コーヒーハウスの社会的役割

コーヒーハウスではお客さん同士が交流し、雑談や政治に関するディベートなどが行われていました。また、社会的に影響力のある人が多く集まっていたので、政治だけではなく経済的な行為も行われました。

コーヒーハウスの入場料は1ペニーでコーヒー1杯も1ペニーでした。今の日本円で1,000円もしない値段であり、お金さえ払えば身分に関係なく誰でも利用することができました。

そのために貴族、チャラ男、意識高い系の人、娼婦、泥棒、詐欺師となんでもありの多種多様な人が集まり、その人たちがお互いに情報交換をして“化学反応”が起きることになりました。

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コーヒーは政治家を賢明にする

時代背景的にイギリスでピューリタン革命という政治的な激動期にコーヒーハウスが流行っていたこともあり、政治をディスカッションする場所としても活用されました。そして多くの政治家や反政府派がコーヒーハウスに集まりました。

有名な詩人であるポープは「コーヒーは政治家を賢明にする」という格言を残しており、それくらい政治的な役割の大きな場所でした。一方で反政府派が集まる場所でもあったので、政府からの圧力も数多く受けました。

コーヒーハウスで株取引が行われた

ロンドンのシティという街は金融センターとして昔から機能していました。その近くに「ギャラウェイ・コーヒー・ハウス」というお店ができて、金融周りの情報交換が活発に行われました。

証券取引所でも株取引は行われたのですが、証券取引所を使わずにコーヒーハウスや酒屋で商売の話をして取引をする商人も多く存在しました。

保険会社ロイズもコーヒーハウスで誕生した

世界で最も大きい保険会社の1つにロイズ保険会社がありますが、この会社は「ロイズ・コーヒー・ハウス」というコーヒーハウスで誕生しました。このコーヒーハウスには多くの船主が集まっていました。

そのためにお店でロイズ・ニュースという船舶の情報をニュース配信して、そこから海上保険に発達していきました。保険という情報が基盤となるビジネスはコーヒーハウスだからこそ誕生できたのです。

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ジャーナリズムもコーヒーハウスで発達した

情報交換の場所といえばジャーナリズムも切っては切り離せません。新聞や雑誌などといったメディアとコーヒーハウスの関係はとても密接につながっていました。情報に対する感度が高い人々が集まるコーヒーハウスはまさにメディアにとって最適な場所だからです。

当時の新聞などは家まで宅配したり、駅で売られたりすることはなくコーヒーハウスに置かれていました。メディアの存在も情報がコーヒーハウスに集まることに一躍買いました。

郵便局として機能するコーヒーハウス

コーヒーハウスは意外にも郵便局としても機能していました。当時はまた今のように郵便制度が発達していなかったので、家まで郵便物を届けることはありませんでした。代わりにコーヒーハウスや宿屋に郵便物を留め置きして、それを取りに行く形態をとっていました。

特に海外への郵送物の発送としてコーヒーハウスの果たした役割は大きく、船長が海外に行く前にコーヒーハウスを回って、海外に送りたい郵送物を引き受けてから渡航をしていました。

このように17世紀〜18世紀にイギリスに登場したコーヒーハウスはコーヒーを広めただけでなく、文化や経済の発展という面からもイギリスを大きく支えてきたのです。

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イタリアのコーヒー文化-スタバなどシアトル系とは違った文化






 
 

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